進路のしおりの後日談
このページにアクセスしたあなたの好奇心に敬意を表します。
さて、進路のしおりのコラムは2017年の夏に初めて書き下ろしたものです。当時はAIに関する革新的な成果を伝えるニュースが連日報道されているホットなタイミングでした。それから3年。果たして、その時点の記事が現時点でも通用するのか?という疑問がこのページを作成したモチベーションです。
まずは、この3年間でAIに対する見方がどう変わったのか。下の記事に紹介されています。(東ロボ研究チームを率いた新井先生によるものです。)
AIに読解力があると思う人に知ってほしい現実
私自身、担任として臨む保護者懇談会で、毎回複数の保護者の方から、「子供には、AIによってなくなったりしない(代替されない)仕事について欲しい」という趣旨のお話を伺います。なるほど。と思うと同時に「果たして、AIに「人の仕事を奪う」ほどの力があるのだろうか」という疑問を感じていました。
そして、その「疑問」はこの3年間で次第に大きくなっていきました。それにある程度答えてくれたのが↑の記事です。特に、AI技術がプログラマーが取りうる1つの「手法」となっていくという指摘には納得させられました。
この新井先生の記事は、実はコラム中に登場した「友人」が教えてくれました。「友人」は現在、IT系の企業で働く傍ら大学院でAI(自然言語処理)の研究をする…という生活を送っていますが、今回「3年前の原稿(しおりのコラム)を読んで、どう思うか」という内容のメールを久しぶりに送ってみました。以下、少し長いですが、それについての返信です。(本人の了解を得てはいませんが、大変示唆に富んでいるので(一部太字にする等編集して)掲載します。)[1]等の記号は出典注を表しています。返信の最後にまとめてリンクがあります。
+++++++++++++++++++
遅くなりました,コメントをお送りします.
○将来像の再描画
(コラム中の)「AIとともに生きる」で述べていただいたことは,現在も通用すると考えます.
一方でこの3年間の変化を踏まえると,以下の注釈が付くと思います.
* 意味を理解せずとも解ける問題の範囲は,技術の進展とともに拡張しつつある.従来の想定よりも,明らかに拡がった.
* コンピュータが文書・画像・音声を生成できるようになりつつある.
蓋然性は低いが,もしも社会が適切な受容方法を見出したならば,急速に普及することも考えられる.
* AIとともに生きる時代が訪れるまでの猶予は,足許では,AI技術の発展速度よりもデジタル化の浸透速度に左右されるのではないか.
コロナ禍は,デジタル化の浸透速度を加速させる契機となるかもしれない.しかし中長期的には,我々の労働に対する価値観の影響が大きそうである.(注:詳しくは後述)
「今の高校生はどのような時代を生きるのか」に述べておられることは,依然として非常によくあてはまると思います.
以下,根拠を述べます.
○自然言語処理技術およびAIの進歩
量的・ 質的な進歩がありました.
量的な進歩については,言語理解や機械翻訳のタスクの性能が向上し,一部のタスクでは人間を上回るようになりました.
きっかけは,生のテキストを使ってAIを予習させる技術が進歩したことです.
これにより,きわめて大規模なデータで予習させられるようになりました.生のテキストならばいくらでもありますから.
その結果,AIの訓練に用いるデータが少量でも高い性能を出せるようになり,
データが大量ならば,文書読解・質問応答・機械翻訳の一部タスクでは,人間を上回る性能が出せるようになりました[5].
たとえば東ロボAIプロジェクトの継続研究では,2019年(コラム中の2018は誤記)センター試験の英語筆記本試験において,185点を達成したことが報告されています[1,2].
これは2016年時点のおよそ2倍の点数であり,大幅な性能の向上があったといってよいでしょう(※1).
またドイツ企業が開発した機械翻訳システムは,一般人を優に上回るような,非常に流ちょうな英日翻訳を実現していますhttps://www.deepl.com/translator.
もっとも「意味を理解すること」については何の進歩もありません[4].
たとえばAIに国語の教科書を読ませると,文法能力が劇的に向上する…ということはありません.ニュースやWikipediaを読ませた場合と同程度の効果しかありません.AIにとっては,どちらもただの文字列なのです.
ただ「織田信長」「政策」「実施」「楽市楽座」といった単語間の関係を,従来以上に少ない訓練で高精度に捉えられるようになった,といえます(前述した予習技術の効果です).
その結果,意味を理解しなければ解けない問題…の範囲が,従来の想定よりも縮小したということです.
この傾向は,少なくともあと1~2年程度は継続するでしょう.予習の大規模化・効率的な方法の探求は,まだ明確な限界は見当たりません.
質的な進歩については,生成(generation)タスクの性能が向上し,従来は困難と考えられた用途が実現できる気配が見えてきました.
従来のAI研究では,人間が生成したテキストや画像を処理する方法が主流でしたが,近年はAI自身にテキストや画像を生成させる方法が盛んに取り組まれています.
その結果,AIが生成したブログ記事がニュースサイトで最も人気を集めるといった事例が生じています[6].
また画像処理の分野でも目を引く例が多数あります.踊る動画(※2)を生成する[7],写真のアングルを変更する[8](後述のYoutube動画を参照)など,驚くような研究成果が多数あります.
ところでこのような生成技術は,従来の技術ほど社会実装が進展していません.
まったく実装例がないわけではありません.ニュースの見出し生成,肖像権のないモデルの生成,合成音声を用いた電話による宅配通知など.
しかし現時点では,フェイクニュースやプロパガンダへの悪用を懸念する,あるいは精度を過度に厳しく評価する向きが強いようです.
生成技術の社会実装が抑制的である一因は,我々の社会の性質でしょう.
我々の社会は,機械に処理・加工させることには慣れていますが,機械が生成したものを受け取る・消費することには慣れていないといえます.
もうひとつの要因は,生成技術の限界でしょう.
意味を解さない点は従来技術と同様の弱点です.したがって,たとえば論理的な主張を文書化したり,
事実や原理に基づいて論述したりすることは,今のところまったく実現の目処がついていません.
これらふたつが真因であるならば,今後数年は社会実装が進む可能性は低そうです.
逆を返せば,ひとたび社会の受容が高まれば,意味を解さない弱点は残したままでも,大きく普及するかもしれません.
【ここまでの出典】
[1] 2019年大学入試センター試験英語筆記科目においてAIが185点を獲得!. https://www.nii.ac.jp/news/release/2019/1118.html
[2] センター試験を対象とした高性能な英語ソルバーの実現. https://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2020/pdf_dir/F1-3.pdf
[3] DeepL Translator. https://www.deepl.com/translator
[4] AIに読解力があると思う人に知ってほしい現実. https://toyokeizai.net/articles/-/370228
[5] GLUE Benchmark. https://gluebenchmark.com/leaderboard
[6] 大学生がGPT-3で偽記事を作ってニュースサイトで1位になった方法. https://www.technologyreview.jp/s/216514/a-college-kids-fake-ai-generated-blog-fooled-tens-of-thousands-this-is-how-he-made-it/
* 実際に生成された記事: https://adolos.substack.com/p/feeling-unproductive-maybe-you-should
[7] Everybody Dance Now. https://www.youtube.com/watch?v=PCBTZh41Ris(プロのサンサーのように素人を踊らせる動画のAIによる生成)
[8] NeRF: Neural Radiance Fields. https://www.youtube.com/watch?v=JuH79E8rdKc(異なるアングルの画像の生成)
【ここまでの注釈】
※1 性能向上の一部は,センター試験に特化した施策が寄与しています.しかし性能向上の少なくとも半分は,AI技術の進歩が寄与しているといってよいでしょう.
※2 正確に言うと,踊りの振り付けを動画間で転送する(=Aさんが踊る動画から,Bさんが踊る動画を生成する)手法です.
○AIに対する期待,社会実装の進展
AIに対する期待は,相当程度に落ち着きました.
遠からずAI技術は,データベースやコンテナ技術のように,プログラミング・システムエンジニアリングの一手段に収斂するのでないかと予想します.
社会実装の進展も,一段落した感があります.
現在の技術水準で高い満足度が実現できる課題:数値予測・異常検知・認証・データ認識・パーソナライズ に対しては,かなり普及したのではないでしょうか[9].
もちろん,高い満足度が実現できない課題に対しては,厳しい評価も広まっているように思います.
一方で社会実装の観点からは,デジタル化の進展のほうが,AI技術の普及よりも直近の重要性は高いと考えます.
AI・デジタル化のいずれも,社会実装を進める意義は,労働生産性や付加価値の向上です.
しかし現段階では,単なるデジタル化…情報の電子化・機械による情報処理…だけでも,大いに 労働生産性を引き上げる余地がありそうです.
コロナ禍による在宅勤務の急激な浸透・普及は,そのことを多くの人に体感させたように思います.
対面・電話・書面に頼らずともPCだけで完結できることは,思いの外に多いと気付いたのではないでしょうか.
そもそもデジタル化なくしては,AI技術の活用も,デジタルトランスフォーメーションも,画餅(注:絵に描いた餅)にすぎないところです[10].
具体例として,AIによる帳票の自動認識というソリューションが挙げられます.
しかしこのソリューション,そもそも帳票が消滅すれば不要になるわけです.本当に帳票をなくせないのか,考える意義は小さくないはずです.
我々はもっと,コンピュータに労働させることを重視してよいと思いますし,コンピュータが働きやすい仕組み・制度を推進してよいとも思います.
人間による労働が機械やコンピュータによる労働よりも尊いというのは,個人的には錯覚に過ぎないと思っていますが(※3),
デジタル化の浸透は,労働至上主義的な価値観の衰退とセットで進むのではないかと思ったりします.
※3 金属加工品を例に挙げます.製品の価値は,誰が加工したか(現代の名工 or マシニングセンター)ではなく,寸法精度で決まると思うわけです.
[9] AIマップβ 2.0. https://www.ai-gakkai.or.jp/jsai-owncloud/index.php/s/2hITYzanaGa7xlG
[10] DXってなんですか?. https://www3.nhk.or.jp/news/special/sakusakukeizai/articles/20200826.html
> 日本の国際的な立ち位置の変化,地方の道のり
この2つについては,残念ながら,あまり明るい見通しがありません.
○国際的な立ち位置について.
私が知る限りでは,情報処理分野については,産官学ともに日本の存在感は希薄です.
いやむしろ,米中が抜きん出ていて,他国は追従が精一杯というほうが正しいでしょうか.
米中に追いつくことは,想像することも難しい.正攻法ではちょっと思いつきません.
追いつける可能性があるとしたら 1)国際協調的な独占禁止法の適用による大手IT企業の衰退 2)国家間協力の停滞による物的人的交流の衰退 あたりでしょうか?
率直に言って,まったく私には想像が及びません.
○地方の道のりについて.
「今の高校生はどのような時代を生きるのか」に述べておられることが現状もよくあてはまると思います.
私よりも皆様のほうが,よほどよくご存じなことでしょう.
人口減少傾向に大きな変化が生じない限り,確実に訪れる未来だと考えます.
とある社会学者は,現在から8〜10年程度後に,都市集中型シナリオと地方分散型シナリオの分岐が発生し,
以降は両シナリオが入れ替わることはないと主張しています[11].信憑性はまったくわかりませんが.
仮に都市集中型シナリオが実現した場合,地方の主要産業は,行政・医療・介護になると予想されています.
[11] 人口減少社会のデザイン. https://www.amazon.co.jp/dp/B07XDM18Q3
以上です.
+++++++++++++++++++
本来は、この返信の内容をコラムに反映させて再執筆するのが良いのかもしれません。
ただ、おそらくこの返信内容を理解するためには、順序としてまず3年前時点のコラム内容を理解するのが良い(その必要がある)のではないかということ、加えて、この返信内容の中に、まだ自分が十分に咀嚼できていない部分があることから、QRコードを利用してリンクを貼り、皆さんに返信内容をそのまま読んでもらうという手法をとりました。
公開日:
最終更新日:2020/09/21